社会福祉法人 多摩同胞会

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多摩同胞会とは

多摩同朋会の理念

創設者 中城イマの紹介

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〒183-0042 東京都府中市武蔵台1-10-1
TEL 042-367-8801  FAX 042-367-8802

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多摩同胞会とは

多摩同胞会の理念

法人の役割

私たちは家族を支援します

人は誕生し、成長し、いつか「老い」を迎えます。
自らの手でいのちや生活を支えられない時期は、主として家族をはじめとする周囲の人々によって支えられています。しかし、家族の力が弱くなった今、子育て や介護を中心に何らかの支えが必要です。社会的な支援がないと、家族の絆にゆとりがなくなり、限界がきて時として事故や事件につながります。大切な家族の 絆があたたかく結ばれ、安心して暮らせるよう支援することが私たちの務めです。


法人の基本的姿勢

最も困っている人々のいのちと生活を支えます

私たちの法人が設立された1946年当時は、戦後の混乱期にありました。そのなかで最も弱い立場にあった母と子の絆を断ち切らず、生活をまもることを目的 に母子寮をつくりました。時代の変化にともない、福祉の中身も変化し、社会も大きく発展進歩しましたが、本来的に生活に困る人々がいなくなったわけではあ りません。
私たちは草創期の精神を、誇りを持って継承し、最も困っている人々のいのちと生活を支え、子どもたちやお年寄りの福祉向上に取り組みます。誰もがその人ら しく安心して生活できるように、私たちにできることを積み重ねるとともに、公の福祉の充実を求め、制度や施策に生命力を通わせて、地域福祉の向上に努めて いきます。そのために先駆的開拓的な仕事にも積極的に取り組んでいきます。


法人の基本指針

私たち職員は、法人創設者中城イマ元理事長の4つの信念を基本的な指針とします。

利用者に深い共感をもつ

地域の方々に感謝する

水、電気などの資源を大切にする

常に防災を心がけ火を出さない

 

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多摩同胞会とは

創設者 中城イマの紹介

多摩同胞会の創設者を紹介します。

信念の人 中城イマ

中城イマ写真

創設者である中城元理事長は信念の人でした。終戦直後、「困っている人を何とか助けたい」という、やむにやまれぬ強い思いから、自らの私財をなげうって、 夫や父、家を失った母子の救済に立ち上がりました。痛みをともに分かちあう「共感」をモットーに生涯現役を貫いた前理事長の精神は、現在、「法人の理念 (ミッションステートメント)」における「法人の基本指針」に引き継がれています。


受賞歴

1963(昭和38)年 東京都社会福祉大会大会長表彰
1969(昭和44)年 法務大臣表彰、東京都知事表彰
1973(昭和48)年 厚生大臣表彰
1974(昭和49)年 府中市表彰
1975(昭和50)年 勲六等宝冠賞叙勲
1979(昭和54)年 吉川英治文化賞受賞
1990(平成 2)年 東京都名誉都民、府中市名誉市民 として顕彰される 東京都主催天皇即位祝賀会にて都民を代表してお祝いの言葉を献上する
1994(平成 6)年 信愛泉苑に天皇皇后行幸啓をいただく
他表彰多数

 

略歴

1904(明治37)年 東京都下西多摩郡に生まれる。
1923(大正12)年 看護師、助産師の資格を取得。関東大震災で特設された東京市池之端診療所で、主任看護婦として被災者の救護活動に没頭。これが後年の社会福祉活動への基礎となる。
1924(大正13)年 摂政裕仁親王(昭和天皇)ご成婚に際し、救護班に選ばれる。
1944(昭和19)年 西多摩郡西秋留に疎開。看護師、助産師の経験を生かして地域で奉仕活動を行う。
1945(昭和20)年 戦時下、夫と長男を相次いで失う。この悲嘆を乗り越えようと、いよいよ社会活動に燃える。
1946(昭和21)年 財団法人多摩同胞会創設、網代母子寮開設。社会福祉事業の第一歩を踏み出す。
1952(昭和27)年 社会事業法制定により、多摩同胞会を財団法人から社会福祉法人に組織変更。理事に就任。
1954(昭和29)年 北多摩郡府中町横街道(現・府中市)における活動の第一歩として白鳥寮を建設。

以後、圧倒的な行動力をもって多摩同胞会の各施設を開設し、その充実と発展に尽くすかたわら、府中刑務所の篤志面接委員、保護司をはじめ、防災活動など多 面にわたる地域福祉活動を行う。1972(昭和47)年、理事長に就任。1990(平成2)年、信愛寮施設長退任後は法人経営に専任。
2001(平成13)年9月千代田区より特別養護老人ホーム等建設の選任を受け、100歳まで頑張ると新たな意欲に燃えていたが、2002(平成14)年4月29日朝にめざめることなく、98歳の生涯を閉じた。

 

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